「練習曲(エチュード)」という名の芸術作品
クラシックピアノの世界には、大作曲家が残した素晴らしい「練習曲(エチュード)」があります。
「練習曲」というと機械的な指の訓練を想像しがちですが、本来「エチュード」は研究・探求などの意味も含む言葉。大作曲家が残したエチュードから、私たちは彼らがピアノ演奏に求めたものを深く知ることができます!
今回の記事では、同時代を生きたロシアの作曲家、ラフマニノフとスクリャービンの練習曲を紹介します!

楽譜・CD情報もあるよ!

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ラフマニノフ 練習曲
ラフマニノフは作曲家であるだけではなく、19世紀末から20世紀初頭の時期を代表する大ピアニストの一人でもありました。リストの最後の高弟の一人だったアレクサンドル・ジロティ(ピアニスト・指揮者)は、ラフマニノフの従兄にあたりますが、ラフマニノフはモスクワ音楽院でジロティにピアノを学んでいます。
つまり、ラフマニノフは、リストの流れをくむ、優れたヴィルトゥオーゾだったんですね。
幸運なことに、ラフマニノフ自身の録音を私たちは聴くことができます。練習曲ではありませんが、紹介しておきます。
ラフマニノフ自作自演~ピアノ協奏曲全集(2CD) [ セルゲイ・ラフマニノフ ] ショパンやリストの自作自演を聴くことは叶いませんが、ラフマニノフなら録音があるんです!リスト→ジロティ→ラフマニノフと続くヴィルトゥオーゾピアニズムの系譜を堪能しましょう!
「絵画的練習曲集(作品33・作品39)」
ラフマニノフの練習曲としては作品33と作品39がありますが、この2作品をあわせて「絵画的練習曲集」または「音の絵」と呼んでいます。
作品33は1911年、作品39は5年後の1916年から1917年にかけて作曲されました。
1917年にはロシア革命がおこり、1918年にはアメリカに亡命したことを思うと、この練習曲の重要性を深く考えさせられます。
なぜかというと、亡命後ラフマニノフの作曲活動は激減したからです。演奏活動に忙殺されたこと、健康状態の理由もありますが、何より故郷から切り離された彼の心の痛みは相当なものだったのでしょう。
練習曲「音の絵」は、大ピアニストとしての経験に裏打ちされた素晴らしい演奏効果を生む書法、色彩的・絵画的な描写性、ロシア的なロマンティシズムとセンチメンタリズムにあふれています。
この時期がラフマニノフの作曲活動にとって、最も脂の乗り切った時期だったのかもしれません。
どの曲も難曲ではありますが、両手をフレキシブルに利用すれば、けっして演奏不可能ではありません(上段に書かれた音符を左手で弾いてみたり、下段に書かれた音符を右手で弾いたりする)。
どうしたら弾きやすくなるか、考えながら練習してみてください。
作品33-2 ハ長調が初めての方には取り組みやすいでしょう。作品39-5 変ホ短調は、前述の「両手の役割を考えて弾く」曲の好例です。
日本語ライセンス版 ラフマニノフピアノ作品集 第1巻 絵画的練習曲 私は輸入盤で持っていましたが、日本語訳版も出てるんですね!表紙も素敵です。
ラフマニノフ: 練習曲集「音の絵」作品33&作品39 / 小山実稚恵 (ピアノ) チャイコフスキー国際コンクール、ショパン国際ピアノコンクール入賞後、現在に至るまで常に第一線で活躍中!ラフマニノフは彼女の主要レパートリーです。
スクリャービン 練習曲
モスクワ音楽院でラフマニノフと同級生だったスクリャービンですが、二人の音楽は全く違った方向を向いていました。ラフマニノフはロマン派の伝統に生涯固執し続けましたが、スクリャービンは実験的・前衛的であろうとします。
彼の練習曲をひもとくことで、私たちはスクリャービンの作風の変遷をたどることができます。
なお、スクリャービンの作品は初期(~1901年)、中期(1902年~1908年)、後期(1908年~1915年)に区切って考えるのが一般的です。
楽譜 スクリャービン全集3 エチュード集 / 春秋社 すべての練習曲が一冊に収められています。解説も日本語で詳しく書かれ、初めてスクリャービンに取り組む方には最適な一冊。
初期の練習曲:作品2-1、「12の練習曲」作品8
初期の練習曲としては、作品2-1と「12の練習曲」作品8があります。作品2-1はなんと14歳の時の作品。美しい曲です。複雑ではないので、最初の一曲に良いでしょう。
「12の練習曲」作品8になると、ロマン派の影響が顕著ながらもリズムにポリリズムなど独自性がみられます(右手5連符、左手3連符を同時に弾くとか)。慣れないうちは難しいですが、2番、4番、8番など本当に美しい曲です。短いので、頑張って練習しましょう!
作品8-12はショパンの「革命」を意識して作ったと言われています。確かに右手のリズムがそっくり。でも、左手の跳躍の熱っぽさときたら、スクリャービンならでは。ホロヴィッツの十八番だったそうです。
中期の練習曲:「8つの練習曲」作品42、作品49-1
中期の練習曲には、「8つの練習曲」作品42と作品49-1があります。この時期になると、ますますポリリズムが複雑化して、一小節を左手5分割・右手9分割とか出てきます。
小節線をまたいでずらされた連符(クロスフレーズ)、トリルの多用など彼ならではの独自性が認められます。ロマン派的な旋律からは遠ざかっていきますが、とても美しい。陶酔感、官能性といったものを感じます。作品42-3<蚊>、作品42-4は曲も短く親しみやすいので、弾いてみてはいかがでしょうか?
後期の練習曲:作品56-4、「3つの練習曲」作品65
後期の練習曲には、作品56-4と「3つの練習曲」作品65があります。この時期には、調性音楽から脱曲した独特の和声語法を確立します。また、神秘主義的な傾向が強まり、音・色彩・香りまでをも作品にもりこむことによって、神との一体化を実現しようと考えていました。
「3つの練習曲」作品65の1番は9度、2番は7度、3番は5度の練習曲。旋律というより、それぞれの音程が持つ純粋性を強調したような音楽です。
ちなみに、9度には「なんと堕落的な!」、7度には「神の恩寵を決定的に失う!?」、5度には「恐怖の震え!」と作曲家自身が注釈しているそうです……。
ホロヴィッツ・プレイズ・スクリアビン [ ウラディーミル・ホロヴィッツ ] 練習曲は3曲しか入っていませんが、スクリャービンを聴くならホロヴィッツははずせません。ホロヴィッツの「悪魔っけ」がスクリャービンにはまる!
まとめ
ラフマニノフ、スクリャービンの練習曲も、ショパンの影響を強く受けています。
ロマン派ピアニズムの頂点ともいえるラフマニノフと、前衛であろうとしたスクリャービン。伝統に忠実であろうとした方が国を去り、伝統から脱却しようとした方が国にとどまったのも不思議です。
歴史的背景に思いをはせながら、練習曲をひもといてみませんか?